ショックの段階

ショックの段階

グリーフワークの1つ目のプロセスです。
混乱、無感覚、非現実感、否認

あまりに急な出来事が起こったため、ショックで、現実味がなく、混乱した状態になります。
周囲から見て冷静に見える人も、心の中はぽっかりと開いていて、ただ事務的に用事をこなしているだけということもあります。
泣くことさえ忘れてしまったと言えるかもしれません。
まだ、現実を受け入れられない状態です。

私のショックの段階

私の場合は、妹は2度の自死未遂をしていましたので、「近いうちに死んでしまうのでは?」という予感は、常にありました。
知らせは、義弟からの電話でした。
携帯電話あてに電話がかかってきて、そこに義弟の電話番号が表示されていて、明らかに義弟からの電話だとわかっていたのに、電話に出た途端に聞こえた、まるでお化けのような、声にならない泣き声を聞いて、「誰だか知らないけど、イタズラ電話はやめて。私は忙しいんだから」と思いました。
泣き声で、瞬間的に悟ったものを、無意識のうちに、即座に否定していたのかもしれません。

義弟のもとへ行くため歩いていた時に、ふわふわと雲の上を歩いているような感覚だったことを覚えています。
タクシーの運転手さんに、「○○へ行きたいのですが、電車とタクシーと、どちらが早いですか?」と、冷静に質問しました。
そんな冷静に見える状態でしたが、実は行き先を地図で調べたところ、いくら丁寧に見ても、どこにその場所があるか、とうとう見つけられなかったのです。
イライラして地図を床に投げつけて、とにかく駅へ向かい、駅前に停まっていたタクシーに乗りました。

義弟がひどく辛そうな様子で、「お願いだから、俺のそばを離れないで下さい」と言ったので、ずっと義弟の隣に座っていました。
「あなたは一人じゃない。私がいる。だから大丈夫。大丈夫」
それだけ、念仏のように、繰り返し口にしていました。

それから1時間ほどで両親が到着しました。 到着を知った瞬間、母のもとへ走り出し「清が死んじゃった!」と、大きな声で叫んで、そのまま地面にへたり込んで、号泣しました。
ここから先、父に「もう帰るよ、立てるか?」と聞かれた時まで、まったく記憶がありません。
泣いた時と、立ち上がった時とで、座っていた向きが違っていたのですが、それもなぜか、わかりません。

私は、遺体となった妹と、対面しませんでした。
とても怖くて、会えなかったのです。
父が後になって、「今にも起き上がりそうな様子で、小さく口を開けて、綺麗に眠っていたよ」と教えてくれました。
後で知ったことですが、もし可能であれば、遺体と対面した方が、より、現実を受け入れやすくなるそうです。
大きな災害などで遺体が見つからなかった場合、遺族の方は、「本当は生きているのでは?」という疑問を、より強く持つそうです。

葬儀は義弟の弟が中心となって進めてくれたため、私はぼんやりしていられました。
ですが、妹の昔からの友人で、その時妊娠していた子がいて、彼女があまりにも悲しそうに泣いていたので、彼女を抱きしめて、「心配かけてごめんね。大丈夫だからね」と言いました。
この時私は、笑っていました。
妹の友達と話をする時、私はずっと、普通に笑っていました。

棺にお花を入れた時も、私はとうとう、妹の顔を見る気持ちになれず、足元ばかりを見ていました。

強く否認していたのだろうと思います。