過去の私

過去の私

プロセスの途中にいた私の思い込み

これは、妹が亡くなった3年後頃、私が結婚する前に書いた、私怨に満ちた文章です。
例えるならば、「怒りの段階」にいた頃と言っていいかもしれません。

今回、削除しようかとも思ったのですが、今の私の気持ちを書いた後に、この過去を振り返ってみると、これだけの違いがあったのかと、あなたにも共感していただける部分があるのではないかと思って、敢えて残しておくことにしました。
グリーフワークは、人によって形もさまざまで、抜け出すまでの期間も、相当なばらつきがあります。
それでも、意識しないで普通に過ごしていたつもりが、いつの間にか、このように気持ちが変化していることがあります。
今、「どん底にいる」と感じている方も、いつかは変わってゆくかもしれないと、少しでも希望を感じていただければ、幸いです。

私のグリーフワークの過程をご覧になって、「あまりにも悲惨だ」とか、「いや、この程度は大したことはない」と、いろいろなご感想があるかと思います。
ですが、グリーフワークに関する本を読み進めてゆくと、これらの過程のどれを取っても、「異常」なことではなく、むしろ正常な、「回復へ向けて、自然と歩き始めている」しるしなのだと感じます。

本当に感情的な、過去の文章です。
参考程度に、軽くお読み下さい。

今の私に言える言葉があります。
多くの人に受け入れられる言葉ではないかもしれません。
読み流しで構いませんので、少しだけ、お付き合い下さい。

身近な方の自死を経験した方に、2つ、お願いがあります。
1つ目。 亡くなった方を、どうか許してあげて下さい。
2つ目。 亡くなった方のご遺志を、できる範囲でかまいませんので、尊重してあげて下さい。

亡くなってしまった今となっては、私達に対して申し訳ないと思っていたとしても、故人は償う手段を持ちません。
そして、自分の身を自分で守ることができません。
安らかに眠れるように、守っていくことができたらいいと思います。
そして、祈っていけたらいいなと。

少なくとも私は、妹に悪いところがあるとは思っていません。
仮にあったとしても、亡くなった瞬間に、その罪も消えたものと思っています。

故人に怒りを感じて、それをぶつける場所がなく、辛い思いをしていらっしゃる方と、お話する機会がありました。

私自身は、妹を亡くしたことで、生きている人を恨んで、長い期間を過ごしました。
ほとんどすべての気持ちを恨みに支配されたような感覚で、一生許すまいと、そのために自分の人生を使おうと、頑固に思ってきました。

今でも、自分の気持ちよりも先に、妹の遺志を優先したいという気持ちは変わりません。
妹が何を望んでいるか、強く知りたいと思っています。
そして、妹に会いたい。
妹と話がしたい、と思っています。

これは私の個人的な経験、思いであり、誰かに押し付けたり、無理に賛同を求めたりするものではありません。
このような言葉を聞きたくないとお考えの方も、いらっしゃるかと思います。
そんな時は、忘れてしまって下さい。
不快なお気持ちにさせてしまったことを、申し訳なく思います。