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自殺は逃げること?

自殺について、自殺は逃げること? 自殺を、「逃げ」だと言う人がいます。
「死ぬ気になれば、何だってできるはずだ」など。

「逃げる」を辞書でひくと、このように出てきます。
『面倒なこと、嫌なことから積極的に遠ざかろうとする。直面するのを回避する。』
(大辞泉)

ここには、「楽な方へ行こうとする」という意味も含まれているように感じるのですが、いかがでしょうか。
とすると、死の後が楽なものかどうかは置いておいても、死に至るまでの行為を、楽だと思っているということに、なりはしないでしょうか。

具体的に述べるのは避けますが、死に至るまでの行為を「楽」とは、私には決して思えません。

まして、それが当人の本当の気持ちでないことは、何度もお話した通りです。

妹も言っていました。

「死んだら楽になれるなんて思ってない。でも死んだほうが世の中にはましかもしれない。私が死ぬことで、世界が変わるかもしれない。今は切にそう思っています。」

楽になりたいから死ぬんじゃないんです。
病気の症状によって、「自分が生きていると、世の中の邪魔になる」と思わされてしまっているんです。

例えば、衝動買い、ヤケ食い、昼寝……、など、ストレスから一時的に「逃げる」方法は、他にあります。
そちらの方が、本当は、ずっと楽なことではないでしょうか。
(そして、こうして時々逃げることは、人にとって、大切な休憩だと思います)

極端な話、人との縁を一切断ち切って、誰も自分を知らない場所で、新しい生活を始めることだって、考えられます。
(現在、私の義弟は、そのようなかたちで、新しい生活を始めています)

それらの選択肢が思い浮かばず、「死ぬより他にない」と、さらには「自分がいると皆の邪魔になる」とまで考えてしまう。
この思いが、たとえ一瞬でも思い浮かんだなら、その人は、その瞬間は病的だったと言えると思いませんか?

症状は、当人に、強く死ぬことを要求してきます。
その強さがどのくらいのものか、想像もつきません。
自分の意志での「逃げ」とは、根本的に違うもののように思います。