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自殺すると地獄へ落ちる?

自殺について、死にたいと言う人は死なない? 死後の世界についても、よく取り沙汰されていますね。
あまりに情報が多すぎて、覚えきれないくらいです。
そして同時に、何を信じていいのか、わからなくなります。

私は、いわゆる霊感詐欺というものに遭ったことがあります。
でも、その詐欺こそが、一番、今の私には信じられるような気がするのです。

妹を亡くして1年が過ぎた頃、仕事帰りに、駅のホームで同年代の男性に声をかけられました。
「最近、身近で誰か亡くなったんじゃない?」と。
1年が経過してのことでしたから、「最近」ではないのですが、私はいつも妹のことばかりを考えていましたので、主観的に「最近」と思っていて、即座に頷きました。 彼は続けてこう言いました。
「あなたより少し年上に見える、顔に傷のある女性が、あなたの後ろにいる」
妹は私より先に結婚し、子供もいたことから、私よりも年上に見られることが多く、その言葉にも納得がいきました。
また、亡くなった際、偶然にも顔の一部だけが傷ついており、それ以外はほとんど無傷で綺麗な状態でしたので、とても説得力のある話に聞こえました。
また、「その女性は、かつて、同じ方法で亡くなった女性を目撃したことがあるでしょう」
と言われ、まったくその通りだったため、震えが止まらなくなってしまいました。
(妹は、事故を目撃したことがあります)

その男性が言うには、かつて同じ方法で亡くなったその女性が、妹にとり憑いて妹を死へと導いた。
そして今度は妹とともに、私にとり憑いているとのことでした。
また、私は強い霊媒体質で、身近な霊をどんどん引き付けてしまうので、後ろには5~6人の霊がついてしまっている。
3日以内に何かが起こるかもしれないから、至急除霊をした方がいいと。
「夏の暑い頃、○○で」「小さい子供がいる」など、他にもどんどん言い当てられてしまったので、半信半疑ではありましたが、震えが止まらないまま、話を聞いていました。

男性は、「あなたに憑いていることで、妹さんも苦しんでいる」とも言っていました。
この言葉を聞いて、心が決まりました。
たとえこれが詐欺だったとしても、妹が苦しんでいる可能性が少しでもあるなら、できる限りのことをしようと思ったのです。

その男性は、「知り合いに霊能師がいるなら、今すぐに行った方がいい」と言い置いて、その場を去ってゆきました。
しかし、霊能師の知り合いなんて、いるはずもありません。
途方に暮れてぼんやり立っていると、男性はすぐに戻ってきて、「どうしても心当たりがないなら、自分の師匠を紹介するが、どうか」と聞かれました。
結局お願いすることにし、彼の言う場所へ行って、除霊をしてもらいました。
3万円を請求されました。
これで妹は大丈夫とのことで、ホッとしました。

その後、除霊だけでは十分ではないから、その霊媒体質も治しておいた方がいいと言われ、無料で10回ほどその場所に通い、体質改善もしてもらいました。

それから約1年後、彼らのグループは霊感詐欺として逮捕されてしまいました。
けれど私の場合、言われたことは本当でしたし、実感としては何も変わらなかったけれど、3万円以上請求されることもなく、今でも、詐欺とは言い切れないのではないかと思っています。
また、実を言うと、声をかけられたその日、「私も死のう」と決意を固めていたところだったので、その気を削がれたという意味で、私にとっては、本当に、命の恩人でもあったわけです。
そんな不思議な体験をしました。

彼らのもとへ体質改善にと通っている間、私は一時的に、死後の世界について強い関心を持ち、霊能師と名乗る人達に質問をしたり、インターネットで調べたりしていました。
そして、あまりにさまざまな説があるのに驚きました。

自殺は悪だから、地獄へ落ちる」説。
自殺とはいえ、憑依されてのことだから許される」説。
自殺かどうか厳密にはわからないので、何とも言えない」説。
「死亡理由に関係なく、あの世は1つである」説。
「すぐに生まれ変わる」説。
「すべてが無になり、そもそも死後の世界などない」説。
数え上げたらキリがないくらいです。

私はそれらすべてを信じ、また、すべてを信じられず、パニックを起こしそうになっていました。
私には何も見えません。
ですから、「私には見える」と言う人の言葉を、ただ聞くしかありません。
でも、望ましくない答えが出てくると、信じたくない気持ちになります。
それでも気になって、改善するにはどうしたらいいか、さらに調べたりしていました。

自分の判断能力が、まったく信じられませんでした。
誰が言うことも、本当のように感じます。でも、すべてを信じると、矛盾が生じます。
ですから、どれか1つを選ぶのですが、それを選んだのが正しかったのか、判断できずにいつまでも悩みを引きずってしまいます。
相手が胡散臭いかどうか、というレベルではなく、自分の判断を信じられるかという、根本的なレベルで、立ち止まったまま前に進めないでいました。

「あの世がどうなっているかなんて、私にはわからない。
でも、妹が、今、苦しんでいる可能性が1%でもあるなら、私は幸せになってはいけない。
『きっと妹は幸せにしているだろう』などという、自分に都合のいい解釈をして、自分だけ呑気に暮らしてゆくわけにはいかない」
こんな理屈から抜け出せず、両親と大喧嘩(私が一方的に怒っているだけでしたが)をしたこともありました。

ですが、時が経つにつれて、今では、少し気持ちに変化が出てきました。
私には、霊も、あの世も、何も見えないんです。
霊感など皆無です。

見えないものについて、「正しいか、そうでないか」と判断を下そうと思うこと自体が、実はかなり無理のあることだったのです。
いつか、ふとしたきっかけで、見えるようになることも、あるかもしれません。
でも、それまでの間は、妹の幸せを心から祈り、祈りながら、自分の生活を送ってゆくという方法を取るのが、もっとも正確で、私の求めていた「本当」に近いのではないかと思うようになりました。

このように、死後の世界について諸説あるのは、いろいろな宗教の教えの、自殺に関する部分のみが一人歩きをして、話題にのぼっているからではないかという気もします。
私は、宗教について詳しく勉強しているわけではありませんが、宗教を全体として学ぶと、自殺だけに限定されない、生と死についての広い考えが述べられているのではと思います。
だとすると、自殺の部分のみが一人歩きしているという現状は、少し不安な気がします。

ただ、このページは、宗教などを否定するものではありません。
宗教とは、基本的に、よりよく生きるための道しるべのような存在ではないかと、思っています。
生と死とに関しての記述があるとすると、その宗教の教えに従って命を全うした時に、向こうの世界で迷わないよう、皆さんが不安を感じないようにと書かれたものではないでしょうか。
そして、よりよい生を全うして欲しいとの願いが込められた、それぞれの教えになっているのではと感じます。
宗教とは、健やかに毎日を過ごすために生まれたものであり、仮に自殺を否定する文章があるとするならば、それは、「健やかにいるための努力を怠らないで欲しい」というようなメッセージと捉えてもいいのではと思っています。

妹が、生前言っていた言葉を引用します。
「自殺をしたら地獄に堕ちるとよく言うけれど、私はきっと天国に行けると思ってる。
だって、ここまで苦しみながら生きてきたのだから。
こんなに苦しんで、生きてきたのだから。
一人くらい褒めてくれてもいいと思う。」

自分の判断が信じられず、テレビなどで見る霊能師達の誰を信じたらいいか迷うなら、誰も信じなければいい。
そう思います。
そして、いちばん大切な、妹の望みが叶っていることを信じて、妹に会っても恥ずかしくない自分でいたい。
たくさんの情報に踊らされ、疲れを溜めてゆくよりも、一番信頼している妹の言葉を信じる方が、よほど健全で、正しいのではないかと思うようになりました。

この項では、宗教に対する私の考え方も、少し述べさせていただきました。
前述の通り、私は宗教に関する知識を持ちませんので、どこか筋違いなことを勘違いして書いてしまっているかもしれません。
その場合、恐れ入りますが、遠慮なくご指摘いただければと思います。

私にとって、宗教とは、生きてゆくすべての人のために、間口を開いて受け入れてくれる、そして、病気であるなしにかかわらず、優しく事情を察してくれるものです。
信仰を持ちませんが、そのように感じています。